~ 感と理と門 ~

感と理をもって常識や科学という門を解きたいという欲をもつ人の文々

神道 関心のきっかけ

 
宗教という目には見えない実体のないものに対して
1~2年前から関心が高くなって来た。
 
きっかけは、色々あるが、最も影響している事は、
自分が変わった事。
 
2年前の或るタイミングで、神様が居ることにした。
(それまでは、いないと強く考えていた)
 
幼少のころから、神様の存在は信じていなかった。
見えない実体、確証のないもの、
学校で習うことのない神様の存在について
直観的に居ないことにしていた。
 
それを2年まえに、変えた。
 
居ないことを証明できないなら、
だまされたと思って、居ることにしてみようと
考え方を変えた。
 
それ以降、
たびたび不思議な事が起こるようになった(という実感が増えた)。
 
それは、もちろん、考え方を変えた事によるものだと
言い切ることはできないが、以降
目に見えないものに関心を持つようになった。
 
目に見えないもの、常識や科学の外側に或るものへの関心
のきっかけは、簡潔にまとめるとこのとおりで、
掴みどころのない不確かなものを、ちゃんと見ることで、生まれてくる意味
みたいなものに
面白さを感じるし、心が動く。
 
祈りというものに関心が出、このような実験を行った▾
 
で、祈りという儀式から、神道という宗教への興味が出てきた。
そして、以下のような多くの疑問が出てきた
 
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神道への疑問】 
・いつ、どうやってはじまったのか
・簡単にいうと、どういったものか?
・大化の改心で敗れたのに、なぜ残っているのか?
・それが、今の私にどう影響しているのか?
・なぜ学校で習わないのか?
(これらについて調べたことを随時書き出していく予定)
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長い歴史の中で途切れきることなく、続いている
不確かなものは、たしかに、現実的に根拠はなく、ある意味無意味だが、
でも、ほんとうに無意味なものであれば、
長い歴史の中で、途切れきることなく続いたのだろうか?
という疑問がある。
この疑問に対して、自分の実感をもって解をつくりだしたい。