~ 感と理と門 ~

感と理をもって常識や科学という門を解きたいという欲をもつ人の文々

二宮金次郎の銅像 以外

 

8月にはいり活字への依存が進んでおり本を手に文字を目で上下におう動作を両手が空けばずっとしてる。農地へ行き左手にジョーロで水やりし右に本を持ちながら目を動かしている。

ジョーロを倉庫になおしにいくと、農園の会長が「二宮金次郎みたいやなー」「そんなことないですーあはは」(たしかそんなのおったなー)

銅像が目に浮かび車に乗る。

そういえば二宮金次郎って、どんな人なんだろう?という疑問が頭に浮かびユーチューブで調べてみる。すると、このような講義が。

 

m.youtube.com

 

冒頭で先生が、二宮金次郎という名前は聞いたことがある人が大半ですが、何をやったかを知っている日本人はほとんどいないのは不思議ですね。アメリカでは彼の生き様考え方が教科書にものっているのに。

云々というところから、人物の出生(神奈川)、富農、破産、苦悩、再建と展開していく。

 

特に印象的だったことば

一家離散し、金次郎は叔父のもとに寄宿することになる。冬時夜遅くまで勉強していると、火もただではないのだと小言をいわれるようになった。そこで、友人に菜種の苗を借り植えることにした。一年後菜種は150倍の量になり、それを灯油にし冬の寒さをしのいだ。

 

境遇環境を受け入れ、見渡し、手に届く小さきものを力に変え追い風にす

そのような行動に 意地としたたかさ 飄々と向かい風を生き抜く様を感じた。

 

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