~ 声❇︎音❇︎言葉 ~

反応を反応のまま、くわえずけずらず、整えています

そもそもradio 025 新R25、Voicyフェスで感じた「新メディア論」

 

なんか、やな感じがするな!

なんか違和感があるな!と

感じる時に、これまでは、

でも何も問題らしい問題もないし、気のせいだろう!

気のせい気のせい!

とスルーすることが多かった。

その違和感の扱い方、処し方を知らなかったためだ。

 

ある時、そういう言葉にしづらいが確かにあるズレを、前向きに対処している人に出会った。そして、その方がどのように対処しているのかを、つぶさに観察した。

すると、突き詰めるとこのような問いをもって処していることが分かった。

 

 違和感の背後にある理由はなにか?

 自分のどのような考え、もしくは思い込み、偏見、信念がそのような感覚を作り出しているのか? 

 

外で起こった現象に対して、自分の内にある考えが反応して、違和感となったと考える。そういう仮説をもって処している。

 

たしかに、同じ現象を体験しても、それに対する反応は人によって異なる。

そういうものの見方を知ってから、自分も、引っ掛かりや違和感に対して、意識的に同様な問いを掛けることにした。

 

違和感の理由を自覚できると、具体的に何がなぜ嫌なのか?がはっきりするため、現実的な対処方法が明確になってくる。さらに、嫌だと感じたのは、自分がこういう願望を持っているからだ、と反転して、自分の望みを明確にできることが分かった。

 

そーゆー意味で、そもそも?という問いには

体の奥からじわりじわりと効いてくる漢方薬+αのような効力があるのかもしれない。

 

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talkテーマ

そもそもradioの役割は、そもそも何なのか?

 

一見すると、哲学的な観念的な「そもそも」という問いがもつ現実的な力を、

そもそも?という問いと、思考の疑似体験を通して、

カジュアルに、気楽に知ってもらう事。

現代社会は忙しい。

そもそも、どーゆー事?

と、いちいち思考していては、進むものも前に進まないし、何より周りと噛み合わない。

 

ただ言えるのは、

この多忙な社会の中で、そもそも?を楽しめる人はレアだという事。

 

今日の川柳

いつからか 思考が苦痛に 変わってた

 

 

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